やわらかな 日々

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その意義

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見て!!朝顔が開く前に起きたのよ!!003.gif


各高校が夏休みになったら、 会社のグラウンドには合宿の高校生が各地からやってきます。 
だから、来月までめっちゃ忙しいんですよ。バイト先。。。008.gif
リトルの拠点になってるので、さまざまな練習の施設があるので、高校生の合宿にもってこいの場所だそうです。

夕べも、汗まみれの野球部員40名は18時に夕ご飯を食べて、その後も23時ごろまで室内練習場でバッティングの練習。今朝は6時半には、始まりの掛け声が聞こえます。
日中ももちろんのこと、ず~~~~っと練習。
体力あるなあ~~。。。008.gif ってか、そんなにやる必要あるんだろうか。。
と、運動部に関して、常々疑問なんですが。
そうしたら、最近テレビや新聞で元巨人軍の桑田さんが
練習方法についても、投げ込みや打ち込み、走り込みなどをすべて「迷信」と断言。疲労を蓄積するだけの練習方法をやめ、「効率的、合理的な練習メニューを考え、短時間集中型の練習をして、残りの時間を勉強や遊びに充てるべき」とした。
という話をされていて、ほほ==と思ったわ。
何でもいっぱいやればいいってもんじゃないのは、野球に限らず・・と思うのだけどね。







昨日は、少ないママ友のひとりに、久しぶりに会って立ち話したんだけど
最近は、子どもの話題より、親の介護の話題が多かったりして・・・・(汗) 
でも、子供の話もやっぱりしてて

「で、ぽーこちゃんは何してる?」ってきくから

「え?バイトとか、勉強とかいろいろやってるよ・・忙しいくらい。。ほら、高校講座になったらそれなりに難しいしね。」というようなことをいったら

「え?うちの〇〇 高校の勉強難しいなんて言ったことないよ・・」というので
しばし顔を見合わせちゃったわ。この場合なんといえばいいのか・・・・・・

彼女の息子はうちと同い年なので、今年高校一年生。 進学校ではないけれど、クラスで1,2番を争ってるとかで。。。

まあ、本当のことを言えば、ぽーこはけして「難しい」といってるわけでなく、わたしから見て「難しそう」に見えるからそういったまでなんだけど。。。

この会話を、ぽーこにも家に帰ってから話したら。。

「ふ~ん・・・・・逆に聞きたいんだけどね。。。そのお母さんは自分が高校時代に勉強は難しいとか思ったことはないのかしらね」と・・・・・

たまたまなんだけど、ここ数日、ぽーこはぽつぽつといろいろ考えていることを話してくれる。

「父さんにも言ったんだけどね。わたし、勉強の意義を見つけたのよ」

「わたし、自分の将来の選択肢を広げるために基礎は必要だと思うからやってるの。
たとえば、数学が好きだから数学だけやっていても、数学者にしかなれないでしょ。
あ、これを知ってなくちゃダメだ・・・ってことがないように、最低の基本だけはちゃんとしておきたいの。」

でも、ぽーこの言う「意義」は将来の選択肢のためということが「職業の選択」という意味だけではないようで
それに、彼女はもともと「それの持つ意味」のようなことをとことん考えるので、
たとえば、「大学に行く」ということがどういうことであるか
「働いて賃金を得る」ということがどういうことか
そういうことからも、「学ぶ意味」ということを考えているらしい。




わたしは、最近の進学や就職の実情は、狭く深く「こうでなければならない」という方向へ進んでいるように思えてならない。
私立中学へ行かなければ有名大学へ進学できない、塾に行かなければ勉強できない、大学へ行かなければ就職できない。新卒でなければ就職できない。英語が出来なければ・・・・

子どもを、隅へ隅へと追いやっていくような、羊の群れを追うような、生きる道はそれしかないのだ。。というような。。。
しかし、その先の行き着くところは「ゴール」なんだろうか。




「夢をもつことだとか、お金を求めるのではなく、自分の行き方を求めるのだとか、そういう言い方も、現実ではきれいごとでしかない・・・とも思うんだよ。どんなきれいごとを並べても、ご飯が食べられなければ生きていけないんだから・・・」

「今、この生活はしあわせだと思う。ご飯が食べられて、静かで好きなことできて適度な収入さえあって・・
ただ、それでずっといいのかと思うと、やっぱり違うと思うし。。。」

「今日の投書見た?(大学生活を謳歌して元気だった姪が、やっと就職できたと思ったら、半年たたずに過酷な現場でへとへとになって深夜に帰ってくる。社会の厳しさを問う内容)。。。。そもそも大学って、そうやって青春謳歌するだけに行ったわけ?」

新聞やテレビでしか知ることは出来ないが、現実の世界ということも一生懸命考える。



高校までの勉強など、「こうして覚えてしまう」でも何とかなるものであり、けしてそれは難しいことではないのかもしれない。
先生の言うとおりに写して、解き方を覚え、問題を解く。
やり方さえなぞればいいわけだから。。





「わたしの敬愛するファインマンさんが、こういったんだよ。
日本の学者は、数式をたくさん並べて説明する。だけどちっともそれではわからないから
『例えばの話で説明してください』というと、そのたとえ話ができない。
例えの話を作って物事を考えると、数式の中のわずかな間違いに気づくことが出来るんだ

ってね。」

ぽーこの言う『選択肢を広げる』の真意はそこにあるのかもしれない。

たとえ話をどのくらい思いつけるか・・・『それだけ』をやっていてもダメなんだと・・
そういうことなのかもしれない。
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Commented by おとね at 2010-07-28 10:47 x
大学は、みんな勉強するために行くわけじゃないんだろ?
就職するためなんだろ?
それは正しいことなのか?
大学も高校も「勉強する」ところじゃないのか?

煮詰まった時に息子は必ずそういいます。
ただかれはすこしづつ「折り合い」はじめたかもしれない。

ぽーこちゃんのように「わたしはわたし。これがわたし」そういう気持ちをだれもが持てれば。
きっと風通しのいいところになるかもねえ。

「普通の高校いってるやつ、ひどいよ?」と息子はいいます
あいつら陰であそんでるよ!と。

おれのほうがよっぽどまともだし!まじめだし!

・・・・だ、そうです。よくわからんが、まあそう思うんだね、と聞くだけ、です。
Commented by vinge at 2010-07-28 15:16
☆おとねさん
おとねさんのブログに書かれていた、中学の先生の言い方は、ひどいものの言い方だけれど、でも全くのうそでもないと思うのですよ。 「のような人もいる。」というだけなんですが。。
そういってしまえば、普通校にいようがそのレベルが高かろうが低かろうが、どこだって同じだと思うのです。
わたしたちが育ったような時代を生きてきてものが『こんな生き方も出来る』とか、そんなことは何もいえないと思うのです。
いまの子どもは今を見なければならない。

わたしたちが、教えてもらわなかった何かを、子どもたちから教えてもらう日々です。
by vinge | 2010-07-28 07:14 | つれづれ | Comments(2)