やわらかな 日々

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記憶の操作

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トマトがようやく色付いてきた。
今年は、大玉はやめて、ミニトマトよりもう少し大き目の中玉トマト。

雨もよく降るので、作物の水やりをしなくても済むのは助かるけれど、草も伸び放題。
庭もジャングル状態。007.gif






昨日、娘二人とともに買い物に出かけた先で、女子高生数人とすれ違った。

ここは、私服の学校が多いので、制服の子達はとても目立つ。
すぐに「女子高生」とわかる。


すれ違うとき、ぽーこがきゅっと身を縮めた。 


知り合いだったわけじゃない。 知り合いだったとしても、もう、お互いわからないはず。。。


だけど、「女子高生」であるということは、自分と同年だということ。
いやでも、そう判断できる。


ぽーこがうろたえたことはわかったけれど、気にしないふりを続けた。
何気なく買い物を続けた。

しばらく、その子らとも、また出くわしたり、すれ違ったり、会話が聞こえてきたりしていた。
やがて、わたしたちの買い物が済んで、店を出ようとしたときにぽーこが言った。

「わたし、同年の女の子たちが怖いの。 よくわかった。 恐怖を感じるの。」

「わたし、学校やめた時点で、あの子達と接点がなくなったけど、私はそこで時間が止まってるんだよね。。

でも、女の子同士のいやなことは、母さんからも、姉さんからも、たくさん聞いちゃってるし。。

恐怖だけが溜まっていくんだ。。。。」


同年の女子だけに感じる恐怖。



  


記憶を置き換えたな。 



そう思った。 

そう思うけど。 


どうしようもない。


「恐怖の元がわかれば、恐怖は恐怖でなくなるさ」


わかったような、わからないような。 

曖昧な返事をしておいた。
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Commented by 虫喰い林檎^^; at 2011-07-16 21:42 x
いつも読ませていただいてます。

『置き換え』ですか…。

うちの場合は『叱責』→『自責』なんだろうか…。
Commented by フラン at 2011-07-16 23:57 x
お久しぶりです。
ぽーこちゃんが感じる同年代の女子に対する恐怖心、長女もよく口にしますよ。うちの場合は、女子だけでなく、男子高校生に対してもですが・・・。特に、不良っぽいハイテンションの男子&女子高生は、非情に嫌悪と恐怖を感じるようです。

これは、ある意味、過去のトラウマとなっている事なので、仕方ないのかな・・・と。いきなり、恐怖心がなくなることは不可能だと思うので、少しずつ自分の世界を広げて行って、克服して行くしかないのかな・・・と思っています。

以前どなたかに書いていただいたと記憶していますが、「人によって傷ついた心を癒せるのもまた人なのだ」という言葉、その通りだと思いました。自分が、辛くなって入っていけなくなった集団の記憶は、相当強く記憶に残っているのは、致し方ないと思います。
楽しい思い出を増やしていけば、少しは記憶があせていくこともあるのかな~と私は思っているのですが・・・。どうなんだろう・・・。
Commented by vinge at 2011-07-17 08:04
☆林檎さん
おひさしぶりです!^^
「置き換え」・・・正しくは「記憶の書き換え」というそうなんですが・・

人は(特に、幼児や老人)自分にとって都合のよいように記憶を書き換える・・ということがあるようです。
それは、ポジティブにもネガティブにも換えるようですが、わたしは、いずれにしても自分を守るためなのではないかと思います。
だから、他者から見て「それは違う」と思っても、訂正することは出来ないと思うのです。
ぽーこは、一部の記憶がないのです。これも意識的に消してしまいましたので、なおさら、自分の中でつじつまあわせをしなければならなかったんでしょう。
実際の女の子にいじめられたということは、ほとんどないのです。女の子同士のいざこざは、確かに姉や私が吹き込みましたので・・^^;;

でも、それも本人でないのでよくわからないのですけどね・・

幼児が強く叱責されて、それを「自分がいけなかったからだ」と思い込む例はよくききます。
私は、それは子どもの本能として、守ってもらうべき相手に対して反抗ができない立場をわかっているからなのではないかと・・つまり、それも自己防衛だと思うのです。
Commented by vinge at 2011-07-17 08:29
☆フランさん
お久しぶりです!!^^
>人によって傷ついた心を癒せるのもまた人なのだ
これは、たぶん、私が前のブログに書いたと思うのですが、わたしはそう信じてました。
なので、なるべく他者との関わりを求めていましたが、残念ながら同年の子とのかかわりが一切無くなってしまいました。
なおさら、強く恐怖を感じてしまうかもしれないですよね。。(しかも吹込みが・・・・^^;;)
実際に言葉にしてそういわれて、はっとしてしまいました。

深刻なほど・・・・とは思わなかったのだけど、すれ違っただけで、そう思う事は深刻なのか・・・?
考えるほどにわからなくなりますね。
いずれにしても、簡単に「そんなこと無いわ」とはいえないな。。と思い、曖昧ににごしてしまいました。
そして、私も深刻に考える事はやめようと思います。

嫌な思いは残っても仕方がないと思います。別のことに一生懸命になる事や、別の対人関係をよくすることなら、これから充分可能ですから。。
もう、私にはどうこうできることではないのですが、きっと大丈夫。
そう思っています。
Commented by 虫喰い林檎 at 2011-07-17 18:12 x
覚えていただいててもらって恐縮ですm(_ _)m

『自己防衛』ならいいんです。
次男は『自己否定』だったので、ちと心配になりました。

ありがとうございました。
Commented by vinge at 2011-07-17 21:57
☆林檎さん
もちろんですよ! わたしも時々覗かせていただいてます~。^^

次男君のことでは、私が断定はできませんが、私自身が低学年のときに、そういう強い否定(叱責)を受けてましたので、ずいぶん卑屈な子ども時代でした。^^;;
でも、やはりその後の受け入れて下さる方との出会いなどで、ずいぶん救われました。

大丈夫だった「例」が、ここにいますから・・・・あれ?あんまりあてにならないかな~?? (笑)
Commented by おとね at 2011-07-19 09:38 x
子どもは変わるもんねえもうすごい勢いで変化するもん~~

柔軟で強い、とわたしは思ってます
ぽーこちゃんのその何というか「つらい気持ち」(と軽く書くのも違う気がするけど、まとりあえず)は彼女自身でいつかきっと何とかしていくことなんだろうな、と。
あいまいは正解だとおもいました。だってうかつに言葉をかけることはできない。ぽーこちゃんのきもちがすべてわかるわけじゃない。

いろんな人を知り、いろんなことを知り、いろんな経験をする

ヒトに癒されるって真実だと思うよ。わたしは。
Commented by vinge at 2011-07-19 12:11
☆おとねさん

そうよね。日々、変化するわよね~。^^

わたしね、他人が何かしてくれることなんか望んじゃいないのね。
人はさ、それぞれ勝手に誰かにあこがれたりするでしょ。
そういうんでいいと思うの。 
たぶん、思春期以降はそうやって勝手に誰かにあこがれる。
近所の人でも、本の中の人でも、テレビにでてる人でも、
誰でもいいんだわ。。
「あ、この人すごい!」とか「この人面白い!」とか、こんな人もいた!とか。。。。
そういう出会いだけでいいよ。
それも「人に癒される」ことだと思うし、そんな出会いなら、そこらじゅうに転がってるよね。^^

たぶん。ぽーこはそこに気が付いてると思うんだ。
たぶん。
たぶん。(笑)
Commented by おとね at 2011-07-19 13:32 x
気がついてるよ。
だって2年前の夏あの子はじゅうぶんきちんとまっすぐわたしをみつめてくれたもん。

くまたろうさんのほうが、てれてたもんっ

あ、わたしもだけどな。
Commented by vinge at 2011-07-19 15:03
☆おとねさん

そ、そうなの? おとねさんが照れてたの!?(笑) (~-~;)ヾ(-_-;)
いや、ま、それは冗談だけど・・

本人は言ってますぜ「私、シャイなのに。。。」って。
そういうことなので、今年もよろしくね!(爆)
by vinge | 2011-07-16 10:53 | つれづれ | Comments(10)