やわらかな 日々

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導く人

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久しぶりに『鳥』の写真を、部屋の中から・・
「もず」のオス。


どこも具合の悪くなかったぽーこも、2日休んだ(休まされた)先週。

ぽーこがバイトを休んだのは、いままで この2日と、1昨年の試験の日に1日だけ。  
週3日だけとはいえ、それ以外で休んだことはなく、時には「忙しいから出てくれない?」といわれれば、すべて出ていたし、急に私がだめだから(ぎっくり腰で)、代わりに出てよ・・・なんて日も働いてくれた。 



朝は起こさない。
前夜どんなに遅くに寝たとしても、キリキリ寒くて暗い冬の朝も、時間にはきっちり自分で起きて走って出かけた。
ぽーこが出かけた後、わたしが起きる・・・・な~~んて日もあったり(それもちょくちょく)
そういうときは、わたしのためにも紅茶が用意されてた。
(そして、起き抜けに私は紅茶を飲むのだ。ははは)

仕事は、もっぱら『洗い場』で、 一度包丁持たされたときもあったらしいが、体の大きさに対して長すぎる包丁が危険すぎて(・・のようにみえる)
 「やっぱいい。 ぽーこちゃんはそっちで・・」
と、元の位置に返されたり・・
おばさんたちの会話にも乗り、朝礼で『一言』も述べ、おじさんのつまらないジョークもかわし、
挨拶しない若者には、わざと大きな声で「あいさつ」し・・・・・

まあ、ほんとにこの2年と数ヶ月で、たくましくなった。008.gif

会社には、3月までで辞める旨をすでに連絡済で、他部署にもそれは周知のこととなった。
そして、ぽーこの今後の予定も、もれなく伝わった。

「一応、受験勉強に入ります。」 と、本人が朝の朝礼で言ったらしい。

「どこを目指すとかね、まだ決めてないんだよ。 でも、ここって、宣言しちゃうとね、絶対そこを目指すことになっちゃうからまだ言わないの。。」といって笑う。

ぽーこにとって、大学を目指すということは、夢に向かうとか、やりたい仕事があってとか・・
そういうこととは違う。
ましてや「学歴」がほしくて・・・・なんて問題ではない。

自分が「何も知らない」ということに、気がついたからに過ぎない。

高校の内容になって、 自学ということがどんなに大変なことなのか、本当に思い知らされた。
まあ、それはぽーこに限ってのことなのかもしれないけれど、
良くぞ飽きずに、投げ出さずに、こつこつこつこつと続けたものだと思う。
時には、本当に苦しい表情で、どうしたものかと思ったりもしたのだけれど。。

それは、本人の口から「 こんなことは(自分のやり方) 誰にも勧めたりしないね」ということからして、
本当に苦しい作業なんだろう。(実に継続中)

教えてくれるという人は何人も現れるが、 ほぼ お断りしつづけた。

どうしてそういうことになるのか、わたしには理解が出来なかったが、
ここに来てようやくその意味がわかった。

「知っている人」というのは、概して「教えすぎる」ということだ。

「学ぶ」ということの、主体は自分である。 
ぽーこにとって「教えてもらう」ということは、自分の考えの及ばない部分を、相手の言葉や動作の中から自ら見出すことにある。

まあ、簡単に言えば、「職人は親方の仕事を盗め」みたいな?
でも、それでこそ本当の能力になる・・・・・・・・・・・・・・・・・はずだ。

あたまから「これがこのやりかたです」と、それで納得したら、自分の考える力はそこまで止まりになる。


「自分は何も知らなすぎる」

それは、もう自分ひとりでできることの限界を感じた・・・・ということでもある。
(本人曰く 「とっくに限界来てます。」とのこと)

「だから、大学へ行こうと思うんだよ。
それに、今(若いうち)だと思うしね。 」






とあるひととのやり取りの中で、
「真の学びとは、どんな素晴らしい書物から得るよりも、必ず、生身の人間である「導く人」がいないと困難だと思います。」という言葉をいただいた。

かつて、家庭訪問する先生より、近所のおじいさんとの方が、喜喜として会話していたぽーこは
あの頃より「メンター」としての相手を望んでいたということなのかもしれない。

おそらく、「導く人」というものも、用意されるものではなく
すべての大人の役割が、子どもの前では「メンター」であるということ。
子どもが成長するときには、目の前の大人の生き様から、何かを必ず受け取っているのではないかと
そんなことを思ったりする。

子どもは、生まれたその日から 「真の学び手」なのだから。。





歩き出したら、自分から自分の望む「導く人」を探し始める。


行き先はまだ決まらない。
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Commented by さく at 2012-12-18 06:29 x
読ませてもらって。。。氷点下の朝のような、清々しさです。
Commented by azoo_azoo at 2012-12-18 06:30
くまたろうさんは、大きな愛で、ぼーこちゃんを見守ってはるね。
ビンビン感じたわ。
昨日は私も子育てを話す機会があって
(知人と立ち話だけどね、笑)
久しぶりに耳目が開けた感じです。

きーんと冷えた朝。
ぼーこちゃんの想いはそんな朝みたいに清々しいなぁ。
Commented by azoo_azoo at 2012-12-18 06:31

きゃー!
さくさんと1分違いで、しかも同じコメント。
まじかい!?
Commented by vinge at 2012-12-18 14:26
☆さくさん あずりんさん

おふたりとも! そりゃ、寒い朝に読むからですって!(笑

きっぱりしているようでも、まだまだ心配なこともあったりするんですわ。^^;;
まあ、それも無くちゃね。
そうそう「お払い箱」にされてもね。 
さみしいから(爆

あ、勘違いかもしれないけど、あずさん!
ぽーこは poko ね。 Bじゃなくて・・・・・・^^;;
Commented by アットロ at 2012-12-18 14:32 x
ラスト3行で、一気に言い得る「ポエム哲学」。感動しました。すごい。
「自分は何も知らなすぎる。」って、私もです。気づいたのは大人になってからです。知らないということに気づく為に学びの旅に出るのかも。
Commented by azoo_azoo at 2012-12-18 17:43
すいませんえん・・・
老眼のせいに、しちゃって下さい。
今までずっとBで読んでました。
P!P!P!
はい、承知いたしました。
Commented by vinge at 2012-12-18 23:56
☆アットロさん

「真の学びに、生身の導く人が必要」と聞いたとき、
あ、わたしが求めていたのはそういうことかと、すごく納得したんですよ。

「導く人」とは、子どもの前に道を指し示す人ではなく、「真摯に向き合う人」という意味なのです。

子どもたちの本能で、「メンター」に出会えることはしあわせです。
(そして、幸せそうな子どもたちが、アトリエにいそうです。。。^^)

ぽーこもいずれ、旅に出るんでしょうねえ~。
いえ、出るらしいです。

ま、先の長い話ですけどね。。。^^;;


Commented by vinge at 2012-12-19 00:01
☆あずりんさん

わかりますとも! 私もときどき「てん」なのか「まる」なのかよくわかりませんもん。^^;;

変な「ネーム」だと思ってたでしょ?
ほんと「変」なんだけど、彼女自身がめんどくさがっていい加減につけたやつだから・・・・

ま、私もネーミングセンス「ゼロ」だから、なんでもいいんだわ。(爆
by vinge | 2012-12-16 22:46 | | Comments(8)