やわらかな 日々

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専門家

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今年生まれの「かいつぶり」 

カメラを向けてもじっと動かず、何やら見つめていたが、やがて菱の隙間に「ぽちゃん」と潜った。




猫の餌を買いついでに、一歳の健康診断とワクチン接種をするため、猫を連れて動物病院に行ってきた。

今まで飼っていた猫たちの病院は、保健所を退職されたおじいさん先生にお願いしてきたのだけど
跡継ぎのいないその病院は,いつの間にか閉じられてしまい、
『りく』を拾ったときから、近くの新規開業医のところに連れて行く。

まだ若い先生は、とても丁寧な説明と、とても厳しい体重管理指導を徹底している。
ワクチンや薬に関して、一つ一つ副作用のことや長期使用の問題点などを挙げ、それがどのくらいの確率でおきるのかとか、体重管理の場合も,猫にとっての何グラムが人にとっての何キロかという具体例をあげながら、とても分かりやすく説明してくれる。

数値と具体例を示した説明というのは、一般人にもわかりやすいし「さすが専門家だな」と思わせるものがあるが、あまりに専門的な説明というのは、かえって素朴な疑問を投げかけずらいし、
きっぱりと「情」を切り捨てられたように感じる。

いや確かに、へんな飼い主の「情」が、猫や犬に病気を作ってしまうことが多々あることは否めない。

だけど、「専門の俺が言うんだから」 「素人判断は許さない」という雰囲気だけはいただけない。


自分が、何の専門家でもないから言うのではないが
最近「~の専門」ということがとても気にかかる。

「そこは専門の人でないと」とか「それは専門家に任せておけば」とか「その専門でないのに余計なことを言うな」とか、または「あの人はその専門なんだから」とか・・・
逆に、何か話していて「そういう専門の方ですか?」と聞かれる場合も、ごくたまにあったりする。

そういう場面に出会うことが多いような気がする。

気がする・・・・と思っていたけど、「資格の◯ーきゃん」とか、資格流行りなことを考えれば、気がするだけじゃないんだろう。

いつから人は「資格」や「専門」にこだわって、判断をそこにゆだねるようになったんだろう。

「その訓練を受けた」もしくは「そういう勉強をした」さらに「そういう免許を取得している」ということのほうが
「多くの経験を積んだ」ということより優遇されてしまうことは、もはや当たり前になっている。

とある有名なブログで、主に賛同するコメントが多く寄せられた中に、疑問視する意見が述べられたとき、
客観的に読めばその疑問が至極まっとうに思われたのに、そのコメントは徹底的にたたかれることとなった。
その中に「専門家でもないくせに!」と相手がどんな人かもわからないのに罵倒したり「素人判断が怖い!」とか・・・・・
いやいやいやいや、主に賛同した多くは大概「素人」だと思うんだけど、そこは怖くないのか?・・・・

と、はたから見てると突っ込みどころ満載で。

これがある種のお仲間的な集いの中だけのことなら、入らなければいいまでのことではあるが
世の中全体が、「専門家にしか任せられない、信じられない、判断できない素人」が大多数になってしまったときのことを想像すると、たいそう怖いと思う。

そう、専門家が怖いのではなく。
「専門家が間違っているということはない」と信じることと、考え方に隙間がないことのほうが怖いのだ。


多くの人は、専門家も間違えることを知っているし、資格証(という紙)が役に立たないことも知っている。
なのに「専門家」ばかり求めるのはなぜなんだろう。

近くにいる「いろんな経験者」を信じないのはなぜなんだろう。

それよりも、自分の感覚を信じないのはなぜなんだろう。




うちの「猫」に話を戻そう。

若干「太り気味」なんだそうだ。  うん。 確かに5,8キロは重い。(-_-)
若造先生のいうことは事実だろう。
今日から少し減量させよう。

そう思いながら帰ってきた。

そして、あの「おじいさん先生」の、「うん、うん、まあ、、、、こういうことも。。。」というゆるさと、優しいまなざしが
懐かしくてたまらなかった。
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Commented by おとね at 2013-09-24 13:03 x
今さあ、会社命令でとある「国家資格」取得すべく鋭意張り切ってお勉強中なのですけどさ。

ま、めでたくとれたとしても今学んでる「知識」を駆使して会社のお役にたてる気がしない・・・

[簿記2級]持ってる私の上司は[簿記3級]なのだが。彼の知識や実務能力、といったら、わたしの比ではない・・・

経験こそが大切。
「資格」って生かすものだと思う。その資格にふさわしい仕事を目指すものだとおもう。

「実るほど、首を垂れる稲穂かな」

先人のお言葉はいつも正しい。

「机上の空論は机上の空論」

タブレット上の空論、と、半沢直樹もいってたし。
Commented by くまたろう at 2013-09-25 14:10 x
はんざわなおきは、最終回の最後の最後のとこだけ見たわ。(;^ω^)

資格を目指す人は、どういう理由で目指されてもいいと思うのね。知識は持っていても邪魔じゃないし、それも経験の一部だと思うの。
仕事上、絶対必要な知識ってものもあるだろうし・・・

ただ、人を見る時に、その人の「持ち物」しか目に入らない人が多いかんじがする。
資格といえば、「学校」も含んでね。

お医者さんに行くとき、そりゃ絶対無免許の人のところになんか行かないけど、「そのひと」を信頼するかどうかというところでは、個人の判断でしかないでしょ?
その判断する力こそ、欲しい力だよね。








by vinge | 2013-09-21 14:59 | つれづれ | Comments(2)