やわらかな 日々

vinge.exblog.jp

日常

a0158478_8495895.jpg



冬の雪が戻ってきました。

でもあさってはまた暖かいんだって。 

花粉も飛び始めた模様。。。





前記事に、コメントたくさんありがとうございました。 うるうる。( ;∀;)

もう今はほんとにふつーに生活してますんで、自分でも書いてて「え?あんなこと言っちゃってまずかったか?」と思っちゃったし・・・
夫にも久々にそんな話題をしたら、急に思い出したんだか、一緒に買い物行ったら、いやにやさしかったです。 金爆)

つまり、それほどに、人と違うかもしれないことは、我が家にとっての普通のことになっているという事です。

だけど。
普通ってなんでしょうね。

わたしが、「なんだかわからない恐怖」に襲われてパニックになっていたころ。
病名なんてほとんどありませんでした。

それが、25年もたったら、あらゆる「名前」が溢れかえる。

適応障害、起立性~、 強迫性~、うつ、睡眠障害、 発達障碍・・・・etc.

「なまえなんてどうでもいいです。 どうにだってつけられます。」 と言ったのは、Pのために通った小児心療内科の医師でした。

「名前」をもらって安心する人もいるかもしれない。
安心することで、納得することが悪いとは言わない。

だけど、その安心はなんのためか?

その先に考えを進めないためだとしたら。

自分を(もしくはわが子を) そのカテゴリーの中で守り通すためだとしたら。

一生。

自分は他人と違う という

井戸の底に暮らすことではないかと。



上司に
「あなたがまじめであることは、ものすごくよくわかります。 
ただ、こんな言い方をしてはどうかと思うけれど、
考え方が狭いとも言えませんか?」

といわれたときに、 とっさに返事が出来なかった。

わたしも、そう思っているから。


井戸の底に暮らして   何が悪い。

考え方が狭いかもしれないが  わたしはあなたより考えが「深い」はずだ。


まけずぎらい。の 「血」が騒ぐ。(言わなかったけどね)



けっけっけっ! (笑)


でも、こんな言い争いをしていたって。

そんなことをし続けたら。

一生、 彼らと理解しあうことは不可能ということにはならないのか?

「名前」を付けることによって生まれる安心は。

一方で差別を生む


「あの方が、ああいった病気になられたことで、バッシングがおきますよね。
そんなことくらいで・・・と、根性論にはしる人たちというのは
翻せば、いつか自分も・・・・というぎりぎりにラインで踏ん張っているからではないですか?」
と言った私に
「・・・・・・ふ~む・・・・・そうか・・」と腕組みした上司。

井戸の底にいるという安心と
井戸に落ちたくないという恐怖


どこにも 「井戸」などない。  高い壁も、深い穴もない。

みな同じ平地にいるのに、 そんな『錯覚』をしているだけのこと。


「名前」は『錯覚』なのだと

わたしは、思うの。


名前などない。  病気などない。  

だけど、ときどき  あなたとわたしは 違うことを感じるというだけのことで

それは  あたりまえすぎることではないですか。




「あの信号さえ越えれば、おうち魔物からのがれられるのよ~~!」といいながら運転していた日々。
(出掛けられない理由は、おうちから離れさせないようにする『おうち魔物』という魔物がいることになっている)

「母さんにとって、川のむこうは海外! (笑)」 

子どもらはこれらの言葉を信じていたし、それが日常で普通の生活。

「ネズミーランドに行きたい? 行きたければ連れてくよ?」と聞きながら、「ううん。いきたくない」
その言葉に、どんなに安堵したことか。

子どもらは知っていたし、気遣ってくれてたと思うし、 本当に申し訳なかったとも思う。

でも、それがわがやの普通。


そして、隣家には隣家の 恐ろしく信じられないような「ふつう」があるのだと思う。


打ち明けあわないだけで。







昨日、くだんの彼女から
 「ほんとうにごめんなさい。 私は自分の進退問題になるような発言をあなたにしてしまいました。
 とりあえず、今月いっぱいはシフトが入ってますから、一緒に仕事させてください。」と
今まで聞いたこともないような神妙な声で電話してきた。

「い、いや・・・・いいですよ。」と

これまた、頭でストレスを抑えつつ。 どうにかやってくよ・・・・爆)
[PR]
Commented by おとね at 2014-03-10 12:52 x
本当に共感するわ。

「普通」の定義こそが「狭義」すぎやしないか?と思ってるので。

それに「名前」をつけて折り合いをつけたいひとはそうすればいいし、分析して理由がほしいひとはそうしたらいい。

ただ、押し付けないでください。
無駄に素直、なので、困っちゃうの。

はぐはぐ。

Commented by のんのん at 2014-03-10 15:41 x
その先に考えを進めないためだとしたら。

自分を(もしくはわが子を) そのカテゴリーの中で守り通すためだとしたら。


名前などない。  病気などない。  

だけど、ときどき  あなたとわたしは 違うことを感じるというだけのことで

----------------------------------------------

そうだよね~。
↓の記事では、そんなに根深いことだったのかとびっくりしてしまったけど、
でもかといって、くまたろうさんとは付き合えないわ~とか、
自分とは違う世界の人だわ~とかって思わないよね。

無神経だったことは反省したけど、
でも、「それは無理」ってはっきり言ってもらえて、
で、可能な範囲でお互い楽しく付き合えればそれでいいことだもん。

人から見たら、ええっ?そんなこと!って言われるような、
でも自分にとってはどうしても無理ってこと、
誰にだってひとつくらいはあるよね。考えてみたら。

うん、じゃあそれはやめとこうね。
じゃあ、こんなところでどう?

ってことで十分楽しくやれるんだよね。

学校に行けなくても、
電車が無理でも、映画館が無理でも、
うちもそんな感じだったわけだし。
Commented by vinge at 2014-03-11 08:49
☆おとねさん

個人の「ふつう」なのだから狭義なわけなのよ。
個人が言う「みんな」がどんな「みんな」なのか、私は「みんなが…」という人によく噛みついてしまう。 (*_*;
まあ、そんな私も視野が狭い。爆)

おとねさんも、私もずいぶん押し付けられて育ってしまって、窮屈な思いをしちゃったかもね。(;´・ω・)

はぐはぐ。
Commented by vinge at 2014-03-11 09:01
☆のんのんさん

>でも自分にとってはどうしても無理ってこと、
誰にだってひとつくらいはあるよね。考えてみたら。

そうなの。きっと、ひとつくらいあるよね。
で、その出来ないことは「できなくていい」と思ってる人もいれば、「出来るようになりたい」って思ってる人もいるはず。
それでまた、他人からの一言の受け止め方が違ったりする。
付き合い方も変わったりするよね。

答えなんかどこにもない。
付き合い方も流動的なものだと思うから。
そのために、お互いが伝え合うのじゃないかと思うの。

でも、ほんとのことを言うには時間がかかったね。苦笑)
わたしも、ずっと言えなかった。

で、これからもよろしくです。 (*´ω`*)
by vinge | 2014-03-10 09:59 | つれづれ | Comments(4)